2013年02月

Jack White、僕の最初に崇拝した人。

「すべての芸術は模倣からはじまる」

使い古された格言だけど、中学生になってギターを始めたばかりのロック小僧だった僕はこの格言を信じつつも「じゃあその模倣の対象を選ぶ段階、つまり(何に心酔し、感動するか。)これこそが芸術の始源じゃないのか、選択こそ芸術の始源だ。だとしたら毎月オリコンチャートを賑わす月並みなアーティストをリスペクトしてる奴はただのセンスの無い阿呆だ。俺の選択は一味違うぞ!」とこう考えて、元々好みの変な奴ではありましたが、以降必死になって(人とは違う方向に自分のセンスをとんがらせる)ことに躍起になった訳です。正直・・・これこそが後のジャズマヌーシュ発見の原因とも言うべき出来事でした。

学校から帰るとすぐにMTVを付けて海外のロックバンドのライブを見たり
インターネットで海外のラジオ番組をメモを片手に何時間も視聴したり
自分の音楽性を少しでも広げるために(ジャンル名)でYoutube検索をかけて動画から動画へと「旅」をしたり

本当に色んな事をしました、毎日楽しかった、良い経験でした、しかしこれには精神的な弊害もありました、14のガキだけれどまるでそこらの音楽好きのオッサンの人生を短期間の内に縮小させたような音楽遍歴を辿る自分がなんだか他人より偉くなったような気がして、バンプ・オブ・チキンだとか、そういう売れ線のロックバンドを聴く人を理由もなく軽蔑したものです。

今あらためて聞くとバンプ・オブ・チキン、なかなか良いですw

さて話を戻しまして、その(センスとんがらせ期)に僕は遂に心の師匠とも言うべき存在を見つけました、見つけた時は今のように世界的なアーティストとは言えなかったかのJack Whiteです、プロフィールにも書いています。

エレクトリックギターのサウンド構築における「荒廃美」とでも呼称すべきロウファイサウンド趣向、アメリカのルーツミュージックと初期のデルタブルースと70年代以前のロックンロールのフレイバー、徹底的なアナログ思考、色彩へのこだわり。

ここでは到底書きつくせぬジャックの魅力、僕は彼をMTVで知りましたが、彼はその後もスターダムをのし上がり、あのジミー・ペイジに「最近のギタリストの中ではNo.1の存在だ」とまで言わしめる存在となりました(ここでやっとジャックの凄さが分かったオジサマ方って多いんじゃないでしょうか?w)。

ジャックに関して、僕は彼の音を真似、弾き方を真似、歌い方を真似(有難いことに彼は僕と声色や声域がかなり近かったんです!)、幼馴染でドラムの上手い奴がいたのでコピーバンドまで組みました、今となっては、短かった僕のロック小僧時代のいい思い出です。

最後に、個人的にジャックの奇抜なサウンド、まるで「歌う」というよりは「叫びながら詩を朗読」するような歌い方、あふれ出るデルタブルースの泥臭さ、これらのジャックの良さが全て出ていると思うライブ映像二つを添付しておきます、ロックやブルースが好きな人は是非見てください。





彼はアメリカの南北戦争を描いた映画「コールド・マウンテン」の音楽も担当していてアコースティックな編成でルーツミュージックを演奏する事もありました。マヌーシュが好きな人はむしろこっちのジャックの方が好きかも知れません。

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平成廿伍年弐月廿伍日、Stochelo Rosenberg氏との晩餐。

この記事はあるイベントのレポです

まず、プランクトンさんの方でこういう応募企画がありました。
ストーケロ・ローゼンバーグと乾杯!

僕はこれに当選しました、本当にうれしかったです、いくつか前の記事で、僕は氏の演奏を即興性の薄い(美術品の様に緻密に、そして繊細に作り込まれ、完成された演奏)と定義しましたが、美術品だからイケナイ、即興のスリルがあるからイイ、と云う訳ではなく、これはただの区別です。美しいことに変わりはないのであります。

さて、当日僕は電車を間違えて渋谷の会場に30分も遅刻したわけですが、それでもStocheloのマネージャーのアイヴァンさんと他のバンドメンバーは揃っているのに、肝心の御大がまだ到着していませんでした、さすがマヌーシュといったところです。

僕が遅刻を詫びながら見知った顔数名と挨拶を交わすと丁度御大の到着と相成り、会場の皆は割れんばかりの拍手で御大を向かえたのでした。

しばしの談笑の後、皆が楽器を出し始め、御大が笑顔で見守る中でDjangologyをジャムりました、用意も何もなしにいきなり弾き始めるわけですから指が思うように動かなかったのですけど不思議と緊張はしませんでした、御大が見ているというのに、というか会場のミュージシャンで緊張せずにのびのびと演奏を楽しんでいたのは僕だけの様に思います。

思うに日本のジャズマヌーシュ系の先輩ミュージシャンと演奏する時は「失敗して先輩方に嫌われたらどうしよう」とか色々考えてしまうのですけど、今回の相手はなにせStochelo Rosenbergです、(雲の上)どころの話ではない、つまるところ僕は吹っ切れてしまったのです、誰よりも早く。

さて日本のミュージシャン(河野文彦さん、手島大輔さん、それと僕)そしてジャンゴラインハルト研究会の会長でありジャズマヌーシュのビッグファンである伊東伸威さん達四人のジャムを笑顔で見守っていた御大、遂にケースから楽器を出すわけですが、御大の楽器はなんと僕がいつか入手したいと思っているJean Baraultの手がけたジャンゴラインハルト所有のセルマーの完全コピー品でした。

楽器を出した御大はズバンズバンと何度かコードをストロークし、高速のアルペジオを弾き、これらの技巧で皆を沈黙させた後、ふと顔を上げ、その沈黙を恥ずかしがるかのような表情を見せ、突然よく通る声で「So,What do you want to pray?」と言い放ったのでした、この迫力、威厳、僕はこの時御大が発した雰囲気を忘れません、本当に恰好良かった!

ここからはギタリストとしてレポを書こうと思います、まずは貴重な御大の生音についてです。

御大の生音は本当に小さかった、僕の半分もありませんでした、ポンパーが三人も居れば御大のソロはよく耳をすませないと聞こえなくなってしまいます、ピッキングに関して御大の考えは「なるたけソフトに」だそうです。

気になったことが一つ、ジャムの最中、御大は何度もピックを落とし、その度に前の席に座っている河野文彦さんが嬉しそうにピックを拾って御大に渡してあげるのでした、これは単なる微笑ましい光景ではありません、ここには重要な示唆があります、つまり御大はピッキングに関してだけでなく、ピックのグリップも「なるたけソフトに」なのです、だからピックをよく落としたのではないでしょうか。

御大はバッキングの音もソフトで小音量でした、これは昨今のジャズマヌーシュの流れなのかもしれません。

いつか向こうの若手の生音も聞いてみたいものです、これからのモダンマヌーシュは「ソフト思考」なのかもしれません、しかしそれは洗練の結果であって、かの御大も子供のころはジャンゴをリスペクトしてとりあえず「ぶっといピックで力強くピッキング」していたことでしょう、僕はまた自分の弾き方を考え直してみます。

今回のイベントでは色々と勉強になりました、プランクトンさんに感謝します。

もうすぐ

もうすぐ、ローゼンバーグトリオが来日するそうですけど、僕は一向興味が湧かないし、勿論ライブにも行かない。

随分と不遜なことを言うようだけど、既にローゼンバーグトリオは三年前の来日で見ているし、それにStochero Rosenberg氏は、ローゼンバーグ流とでも言うべきある一つの「様式」を確立したのであって、その様式を既に知悉している僕が演奏を見に行くというのはどうしても無駄な気がするのです。

ローゼンバーグトリオというバンドは、とてつもなく完成度の高い演奏をします、がしかしロシヤで演奏しようがロンドンで演奏しようが、毎度ライブにおいて演奏にさほどの違いが無い、というところに僕が行かない理由があるのです。

僕は(美術品の様に緻密に、そして繊細に作り込まれ、完成された演奏)を見たいんぢやない、それも魅力的だとは思う、がしかし、僕はあくまで予測不可能なインプロヴァイズを、その電撃的な閃きをこそ見たいのです。

Adrien Moignard,

Sebastien Giniaux,

Rocky Gressete,

Gonzalo Bergara等が来日したら、あるいは殊勝な気持ちで足を運んだかもしれません。