2012年12月

今年一年の総括

今年ももう残すところ数日となりました。

僕は去年の十二月末に上京してきたので、東京には既に一年と数日住んだことになります。

今年は何もかも、「準備の年」という感じでした、色んな事に対して布石を打った年です。

幸せなことが四つありました、東京での活動を始めるにあたって、浦上さんが助けてくれたこと、宇都宮に人脈が出来て宇都宮の素晴らしさを知ったこと、初めて自分が主導でメンバーを集めて、同年代の演奏家たちとジャズマヌーシュのバンドを組んだこと、田口悌治師匠の言葉に触発されて作曲に興味を持ち、作曲家の目線で音楽を聴けるようになったこと(アストル・ピアソラ、ニーノ・ロータ、への傾倒)。

しかしまだ来年二月の武蔵野でのライブ(詳細は後ほど)、そして同月の受験、三月頭の合格発表、これが終わるまではなんだか2012年が終わらないような気がしてます、2012年というか所謂「準備」が。

そう、今年は「準備の年」でありました、来年は「始まりの年」に出来るように頑張ろうと思います。
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色んな楽器を

これからの人生、少しずつでいいからギター以外の楽器を何か弾けるようになってみたい、ウクレレ、カホン、チェロもしくはバンドネオン、そしてピアノがやりたい、可能なら雅楽の楽器も。

ウクレレとカホンは単純に音色が好きだから絶対にやりたい、経済的にも易しい方だし。

チェロもしくはバンドネオンというのは今をときめくモダンマヌーシュの若手の多くは「ギター以外に持続音の出せる楽器を何か一つマスターしている」から、Sébastien GiniauxやGonzalo bergaraがこれに当たる、何か音楽的に僕を成長させてくれるような気がするのだ。

ピアノは作曲や編曲やリハモといった音楽的作業で助けになってくれる、別に上手くなくていい、というかこれに関してはギターでもいいのだけど。

そして雅楽は一生涯続く僕のルーツ探究の一環、石笛なんかいいなぁ。
一体「If」を何個重ねればいいのだろうというような話だけど。

そういえばもともと僕は吹奏楽部で所謂「何でも屋」だった、クラリネットの後、ウッドベースへと変えられ、その後はあらゆる打楽器のパートをたらい廻しにされる四年間であった、弦楽器がやっぱり好きで、だけどウッドベースは吹奏楽では軽んじられる傾向にあり、顧問が持ってくる曲はウッドベースのパートの無いものが多く、そのたびにティンパニやヴィブラフォンをやらされた。

象徴的な出来事がある、中学生の時の文化祭で吹奏楽部のアピールをするために顧問が「全パートにソロのある曲」を演ろうと言いだした、各パートのソロの時はスタンドプレイをし、同時にその楽器の簡単な説明をするアナウスが流れるという算段だった。

しかしその譜面にはベースのソロだけが無かった、顧問はそのことについて触れようともせず、僕の周りの人間が「うわっ、これ山本のこと除外してるよね~」と冗談めかして慰めてくれた、当日もベースパートだけ紹介されなかった、僕の心情はというと、ただ黙して自分の世界にナルシスティックに浸っていたのだった、しかし悲しくない訳ではなかった。

(ただ黙して自分の世界にナルシスティックに浸る)とは心の中でこういう独白を繰り返すことを言う、「顧問は僕がいずれ音楽で食っていきたいのを知っているのだろうか、部員の中で最も音楽に真剣な人間が最も不当な扱いを受ける、まるでサクセスストーリーの悲しき序編のようだ、いいぞ、まるで映画だ、よかろう僕を便利に、都合の良いように扱うがいい、大好きなベースが弾けなくてもいい、なんだって演奏してやる、ただしその不当な扱いによってより音楽的に成長するのは僕一人だ。」

こんな生意気なことを思いながらもやがて僕は学校も部活もサボりがちになるのでした、今も憎しみを持って思い返す出来事、でも色んな楽器を演奏できたのは本当に良い経験だったと思っている。

新バンド結成、マヌーシュスウィングのベース演奏について。

僕と同じ二十歳のとてもセンスの良いギタリスト、坂野いぶきさん。
そして二十二歳の古き良きスウィングジャズを好むジャズクラリネット奏者、宮崎佳彦さん。

この二人と僕を含む三人でジャズマヌーシュを演奏するバンドを組む事になりました、
名前はLa corneille(ラ・コルネイユ)と言います、仏語でカラスを意味する言葉です、日本神話の霊獣八咫烏をモティーフにしました。

実は僕が「どうしても日本神話にゆかりのある名前にしたい」と提案したところ、坂野氏が因幡の白兎をモティーフに「仏語で白い兎という意味のLe Lapin Brun(ル・ラパン・ブラン)ではどうか?」と提案、一瞬そっちもいいなと皆で話しましたが、やはり3本足のカラスと三人編成のマヌーシュジャズバンドという意味で数字の統一感があるので今の名前に落ち着きました。

御二人ともレベルが高く、一緒に演奏していてとても緊張感があり、勉強になります。

来年から活動を始める予定です

この前僕の部屋に二人が来たので練習のついでに動画も撮ってきました、とりあえず集まって動画を取ってみた、という感じなのでここからどんどんクオリティを上げていこうと思っていす。

Minor Swing
Artillerie Lourds


前々から同年代でこのような音楽を好む人がいれば是非バンドを組みたいと思っていました、しかしこのジャンルでは一般的なギター二本&ベースという編成にせず、この変則的な編成にしたのにはチャント訳があります。

僕は四年間ウッドベースを弾いていた経験があり、ベースの音は大好きなのですが、そもそも僕はこの日本国で本気で「マヌーシュジャズにおけるベース演奏」を研究している人はただの一人も居ないと考えています。強いて言えば北島さんや阿部さんでしょうか?

およそこの手の音楽に呼ばれるベーシストの誰もがビバップの片手間、カントリーの片手間、ブルーグラスの片手間、ロカビリーの片手間で、自分は嫌々ながら別のジャンルから連れてこられたのであって、マヌーシュ系のベースのリズムや独特のタッチなどは練習してはいないという感じの演奏をしているのを何度も見ました。

結果、僕はベースの入った編成を諦めたのです、いや保留にしたと言ってもよい、いつかジャズマヌーシュが日本で流行した暁には例え他のジャンルで仕事ができなくなってもいいから本当にこの音楽を愛し、この音楽に合ったベースの弾き方を研究してくれるようなベーシストが現れることでしょう。

ちなみに僕が最も理想的と考える「マヌーシュジャズのベーシスト」はXavier Nikqさんです。

この、僕の不遜なまでの「日本人マヌーシュジャズベーシスト不在論」を読んで、なんて生意気なことを言う若造だろうと立腹した人がいることでしょう、もしくは純粋にマヌーシュジャズのベース演奏方法の独自性に興味を持った人もいると思います、参考までにXavier Nikqさんの映像を御覧下さい。

あまり知られていませんが、本当に本当に素晴らしいベーシストなんです。

I'll see you in my dream
Minor Swing

しかしてギター二本&リード楽器という編成も中々に創造的です、最近はこの手の編成で演奏している映像をYouubeで探したりして曲のアレンジ等の参考にしています。

La corneilleの今後の活動にご期待ください。

祖国と芸術 Gonzalo BergaraとAstor Piazzolla

僕はタンゴが好きだ、伝統的なものが好きだった、特にウーゴ・ディアスの演奏が好きだった。

でも今は違う、ピアソラの作品が好きだ、ピアソラの作品はいい、あれはただ「革新的」とか「美しい」なんて陳腐な言葉で表せるものじゃない、一曲一曲が人一人の何十年分の人生と同じ位の深みを持っていると思う。

僕はピアソラの人格も好きだ、強烈な自負心、揺るがぬ自信、自分の音楽性を否定する人間への強烈な敵愾心。

僕は昔からマカフェリギターで、そしてマヌーシュの語法でタンゴが演奏できないかと思っていた、もうすでに融合を試みている人はいる、一例を出せばサムソン・シュミットがタンゴの曲を書いている。
Tango for Piazzolla

では今ジャズマヌーシュの世界でもっともタンゴと接近している演奏者は誰か?
僕はGonzalo Bergaraだと思う、彼の書く曲の緩急、静と動の交錯する凄まじい曲調のうねり、終曲部の感動的なメロディ変更、これが僕にピアソラを、否、「人生」を感じさせる。
クラッシック、そしてブルースやロックミュージックのテイストも。

ゴンザロの書いた曲でこれが一番好きPorteña Soledad

Gonzal Bergaraはアルゼンチンの生まれでバンドネオンだって弾ける、「ゴンザロとピアソラが似ている」だなんて言う人は一人もいないけど、僕は自分の中で確信している、ゴンザロは確実にブエノスアイレスのタンゴ魂を受け継いでいる。

事程左様に偉大なミュージシャン達は皆自分の生まれた祖国を、つまり自分のルーツを大切にしているものだ。

僕は単なる洒落好みのフランスかぶれで終わりたくはない、「単なる洒落好みのフランスかぶれ」でも上手ければプロとして生活していくことはできるかもしれない、でも本物じゃない、本物を目指さないといけないんだ、だからこそ祖国日本を学びたい、神道を、皇室を、僕は知らなさすぎる。

偉大な音楽家は同時に一人の人間としてもまた偉大でなければいけない、自分の祖国をないがしろにしている人間は偉大にはなれないのだ。

(極左にあらずんば人にあらず)の日本に生まれたのだから、こんな考えのまま芸術を続けていれば、いつか名前が知れた途端に右翼とか国粋主義者とか、批判が来るに違いない、もしそんな奴等が表れたらピアソラのように振る舞ってやる、考えを曲げることはしない、自分の名誉を守るために戦い抜くのだ。

僕が自分の名誉を守ることが祖国の名誉を守ることになる、僕が名を上げることが祖国の名誉を高めることになる、そんな風になれたらどんなに幸せだろう、いや必ずなってやる。

ブルースがどんなに上手く弾けても黒人にはなれない、シャンソンがどんなに上手く歌えても仏人にはなれない、目指すべくは「日本人にしか弾けないジャズマヌーシュ」だ!

さくらジャンゴラインンハルトフェスティバル終了&反省会!

さくらジャンゴラインハルトフェスティバルが終了しました!

先輩ミュージシャンに囲まれてのライブとなり(いつもそうだけど)とても緊張しましたが、無事イベントを終えることができました。

このイベントは演奏者だけで成り立つものではなく、沢山の人に支えられて実現したものです、ギター職人の高野篤さん、ポスターやパンフレットの作成に協力してくれた文星芸大の皆さま、カフェ・マイナースウィングのマスター、沢山のお客さんの前で緊張しながらも自身の歌声やマカフェリの演奏を披露してくれた女子高生の悠奈ちゃん、喜連川中学校吹奏楽部 with Mike Priceさん、ありがとうございました。(これでお礼の書き忘れはないだろうか、心配。)

(反省会)
さて今回は浦上さんのオーダーで立ってマカフェリを弾いたのですが、これには自分の中で色々と葛藤がありました、ストラップをかけて立ってマカフェリを弾くことは難しいことではない、できないことではない、速いフレーズだってこなせる、しかしですね・・・

_____________音が美しくないんです

やっぱり座っていると脇と肘と太ももでしっかり楽器をホールドできるし、マヌーシュ特有のあの叩きつけるようなピッキングの振動をきちっとギターに伝えるためには座って太ももに楽器を置いて弾かないと良い音が出ないんです、立って弾くと自分が普段座っている時一番良い音が鳴る手の動かし方でピッキングしてもバリバリとしたビビリ音になってしまう・・・

以上の理由から、この弾き方はおそらく東京ホット倶楽部バンドでだけのものになると思います。
もう少しこの立って演奏する弾き方を研究したら、美しい音も出るかもしれませんしね。

それと演奏終了後、なんと千葉からわざわざマヌーシュ系ギタリストのあじぽんさんが来てくれていたようで、二人でしばし歓談の後アフターセッションと相成りました。

イヤー楽しかったです、やっぱりマカフェリを弾いてる人間が複数人集まるとやるこたぁ決まってますねw