日記

弦が切れることを喜ぶ人たち

少し前に日野皓正氏が中学生をビンタしたことが騒がれました、あれ、個人的には一点を除いて全く興味がない事件なのですが、その一点が強烈な印象を僕に与えました。

それがネットに溢れかえる「天下のヒノテルにビンタされても演奏をやめなかった中学生はいずれ大物になる」という言説、僕こういうのほんと苦手なんです、「日本人特有の逸話好き」みたいな。

例えば、「演奏していて弦が切れると嬉しい」と言う人がいます、自分の演奏が白熱した結果だと言うわけです、そう言う人の弦がどんな切れ方をしているかというと、必ずブリッジから切れています、つまり深くピックを入れすぎたミスピッキングです、ミスピッキングをしておいて「嬉しい」なんて絶対におかしいと僕は思います。

個人的には音楽に自分の方から陶酔していこうとする人は信用できません、冷たい合理主義で何年も練習を重ねて正確な技術を培い、それでもステージでは全てを忘れて音楽の喜びに身をまかせる、こういうスタンスが真実だと考えています。
スポンサーサイト

Django Tokyo Festival

去年発足した日本最大規模のジャズマヌーシュのフェスが今年もいよいよ近づいてきました。

Django Tokyo Festivalです

今年やはり特筆すべき点はフェスの主催であるウッカリン氏によりAdrien Moignardの来日公演を実現したことでしょう、ジャンゴ東京フェス当日の演奏だけでなく、日本を縦断するツアーも予定されています、これがどれだけ凄いことなのか、日本であまり知られてはいませんが現時点で最先端・最高峰の彼の魅力を語ると本当に長くなりますが、先込め式の火縄銃がやっとだった頃の日本にいきなり核ミサイルが持ち込まれるようなものです。

僕は1日目の13時からサブステージにてセッションホストを務めていますので、お時間ある方はそこでセッションしたり、この音楽について語らいましょう!

俯瞰してみると、今年の夏は未だ黎明期の域を出ない日本のジャズマヌーシュシーンにとってかなり熱い夏になると言えるでしょう、そのピークこそまさにDjango Tokyo Festivalです、それでは皆さん8月26日と27日、会場にてお会いしましょう!



P.S
二つ目のリンクにある日本語で表記されたAdrien Moignardのバイオグラフィー、これがかなりレアです、他では見られない情報だと思うので必見です。

レッスン動画の投稿を始めてみました

初めてYoutubeにレッスン動画を投稿してみました、普段ワークショップなどでレクチャーしている内容を短縮したものです、皆さんのお役に立てたら幸いです。

何分初めてで緊張しているし荒削りな部分もありますが、日本語でこの音楽の演奏方法をレクチャーしたYoutube動画にはすごく意義があるし自分の活動の宣伝にもなると思いますので、これからも編集技術など勉強しながらレッスン動画を増やしていくつもりです。

末長く見守ってくれると有難いです(笑)



動画あげてみました

自分のYoutubeチャンネルを日本人が日本語でジャズマヌーシュの情報をキャッチできるコンテンツにしたいなぁと漠然とした展望を抱いています、例えば仕事でも観光でもいいからヨーロッパに行って、持ち帰ったフレッシュなジャズマヌーシュの情報を動画という形でどんどん発信していく、そんな感じです。ミニレッスン動画なんかも撮ってみたい。

それとは別に、前回の記事で話したTokyo Manouche Trinityのライブ動画を二つほどあげてみました、こういったパフォーマンス動画はこれからどんどんあげていきたいと思っています、チャンネル登録していただければ嬉しいです。




Tokyo Manouche Trinity

最近よく一緒に演奏するようになったメンバーでユニットを立ち上げました。
メンバーは以下の通り

Gt 山本大暉
Gt Nicolas Carre
Ba 今給黎久美子

バンド名はTokyo Manouche Trinityと言います。

このバンドのことを他の人に説明するとき、とても難しい問題があります、それは「取り立てて特別なことはやっていない」ということです、それは一体どういう意味なのか、誤解を避けるためにもこの文章、最後まで読んでいただきたい。

最近、「音楽は自由だ」「ジャンルにとらわれずに自由な表現を」そう言った言説が僕の周りにあふれています、ジャズ・マヌーシュ/ジプシー・ジャズの世界でいうなら「ジプシージャズの枠にとらわれずオリジナリティー溢れる表現を志向した…」こういった類の言葉があらゆるライブのフライヤー、あらゆるミュージシャンのプロフィール文章に散見されます。

これからする話は、そう言った音楽に対するスタンスの、どちらが正しいとかどちらが間違っているという話ではありません、気付いたときには驚いたのですが、僕の音楽に対するスタンスは、ものすごく少数派に属します。

個性とかオリジナリティというのは誰にでもあって、誰にも無いと考えています、言葉遊びではありません。僕は「個性」そして「音楽的な自由」というのは、一つのジャンル・様式を極めに極め尽くした後、自然と立ち現れて来るものだと考えています、ジャンゴ・ラインハルトの演奏を完璧にコピーしてアナライズする、その作業を何度も何度も繰り返し、自分の中に蓄積させていったとしても、ジャンゴそのもののギタリストが出来上がるわけはないのです、タイミングが違う、タッチが違う、何より人生が違う。それが「個性」だと考えています。

では「音楽的な自由」はどうか、この言葉はまさしく演奏者の悲願と言えます、ジャズのインプロヴァイザーの世界で言うなら「頭の中に浮かんだフレーズをすぐに楽器で演奏できる」こと、作曲者であれば「頭に浮かんだ音楽をすぐに、完璧なアレンジ・ハーモニーで記譜できる」こと、となるかもしれません。

何が言いたいかと言うと「ミュージシャンなら誰だって音楽的な自由を手に入れたいに決まってる!」と言うことです、僕がJazz Manoucheという音楽に特別こだわるからと言って、別に音楽的な自由を諦めてるわけでは無いのに「そんなにジャズマヌーシュばっかりやってると音楽性が狭まるよ」とか、結構そういうことを言われてしまう。

もっと簡潔に僕の気持ちを言い表しましょう

僕はBirelli Lagreneの天衣無縫の音楽的自由しか認めたく無い

こういうことなんです。

ちょっとボサノヴァを練習して、ちょっとジャズを練習して、ちょっとミュゼットを練習して、ライブの宣伝文句は「ブラジル、アメリカ、フランス、僕たちの音楽で世界中を旅してみませんか?」そんなスタンスがあっていい、あっていいとは思うんですが、僕のような一点集中型の人間の存在も認めて欲しい、そう思います。

さて、随分長くなってしまいましたが話を最初に戻しましょう、Tokyo Manouche Trinityはそんなスタンスが共有できる三人が集まったバンドです。

逆説的にいうと、ストレートに一つのジャンル・様式を極めることが希少となった現代日本に置いて、こういった専門的で「特別なことをやらない」バンドを組めることは特別なのです。

「個性」のことに話を戻すと、僕たちは現時点で「自分たちの個性・オリジナリティーを出したい!」という色気は毛頭ありません、Jazz Manoucheをよく研究してオーセンティックな演奏ができれば「日本で混じりっけのない王道のジャズ・マヌーシュが聞きたければTokyo Manouceh Trinityだ!」となり、それだけでとても価値があるからです、そしてその先には世界への挑戦が待っています。

まだ産声をあげたばかりのTokyo Manouche Trinityですが、既にたくさん演奏の機会をいただいています、動画もバンバンあげていきます、僕たちの挑戦をどうか暖かく見守ってください。